アメリカ特許庁とヨーロッパ特許庁との間で始まったCPC(共同特許分類=Cooperative Patent Classification)は、その後、ヨーロッパ各国から中国、韓国を含む世界の42以上の特許庁が採用するに至り、さらに、3rd EPO-USPTO CPC Annual Meeting with industry users(MARCH 2016)によれば、ロシア(ROSPATENT)、ブラジル(INPI Brazil)、メキシコ(IMPI Mexico)とつづき、カナダ(CIPO Canada)、オーストラリア(IP Australia)、イスラエル(ILPO Israel)、チリ(INAPI Chile)も運用を始めるとアナウンスされている。現在、CPCの付与されている世界の特許文献は4千4百万件を超える。
IPC(国際特許分類=International Patent Classification)の存在下において、世界各国がCPCの採用を決定する理由は、IPCは分類枠が荒く、また、更新頻度が少ないため、増大する特許文献や、新たに出現する技術領域に耐えられないため、IPCに代わる国際標準と位置付けているからである。
世界の趨勢は明らかにCPCにあるにもかかわらず、日本特許庁は、日本独自のFI(ファイルインデックス)とFターム(ファイルフォーミングターム)とを推進し、CPCを採用していないばかりか、CPCに対する今後の方向も示していない。厳密にいえば、CPCを採用するのでなく、日本独自の検索インデックスを米国の特許分類へ組み込むなどと、訳のわからないこと言ってる。ことし2月25日、経済産業省のホームページ上で公開された日本特許庁の文書に記載された内容である。日本特許庁が示したCPCに関連する唯一の文書のため、以下に引用する。
http://www.meti.go.jp/press/2015/02/20160225002/20160225002.html
米国との協力に関する覚書を批判するつもりはないが、この文書は、正直なところ、何をいってるかわからない。日本独自の検索インデックスはFタームだといい、米国が採用する特許分類はCPCだと注釈しているので、「日本独自の検索インデックスを米国の特許分類に組み込むものです。」とのアナウンスは、FタームをCPCへ組み込むといってるわけだけど、CPCはアメリカだけのものでないから、もし、その組み込まれた日本独自の検索インデックスに相当するCPCは、アメリカ以外にも波及するのかどうかわからない。
また、「本協力により、米国特許商標庁における日本国特許庁発行の特許文献の検索精度が向上し、」と記載されているが、FタームをCPCへ組み込むことが日本国特許庁発行の特許文献の検索精度の向上になるのか、まったく理解できない。加えて、これが「我が国企業が、米国においてより安定した特許権を取得可能となることが期待されます。」に至っては仰天の我田引水である。
日米間で分類の協力に関する覚書に署名したことは事実であろうが、この覚書の意図や効果に関して、日本特許庁は説明責任を果たしていない。上記文書から明らかになったことは、日本特許庁は、日本独自のFIやFタームに固執し、CPCを採用する意図はさらさらないということである。また、「米国特許商標庁の審査官が日本国特許庁の審査官と同様の」のくだりをみると、特許分類制度は、審査官のためのツールぐらいにしか考えていないことも明らかになった。
特許分類制度は、IPCの目的にも記載されているとおり、特許出願中の技術開示に関して、新規性、進歩性または非自明性を評価する(技術的進歩および有効な結果または有用性の評価を含む)ため、知的財産庁や他の利用者(審査官のためだけでない)が特許文献を検索するための有効なサーチツールの確立を第一の目的としているが、次の重要な目的ももっている。
(a) 特許文献に含まれている技術および権利情報へ容易にアクセスするための特許文献の秩序立った整理のための道具となること。
(b) 特許情報のすべての利用者に情報を選択的に普及させるための基礎となること。
(c) ある技術分野における技術の状況を調査するための基礎となること。
(d) 種々の分野における技術の発展をも評価できる工業所有権についての統計を作成するための基礎となること。
グローバル化する経済下の企業経営や研究開発において、世界各国の特許文献をいち早くアクセスする重要性はますます増しているため、国際的に統一した分類制度の必要性は、世界の認めるところであり、CPCの発展の原動力である。
日本特許庁が日本独自のFIとFタームとを推進するかぎり、日本国民はCPCに習熟する機会が少なく、世界各国の特許文献の有効利用から遠い位置におかれ、日本特許文献に対する海外からのアクセスの困難さは、日本特許文献の国際的な評価の機会を逸する。日本の携帯電話が世界の趨勢から置き去りにされ、ガラパゴス化(日本市場で独自の進化を遂げた携帯電話が世界標準から掛け離れてしまう現象を指すため代名詞的)した現象と瓜二つである。日本の特許分類制度のガラパゴス化については、日本MOT振興協会の「コラム:知財革命のすすめ」においても警告するところである。
日本特許庁は、世界の特許分類の趨勢がCPCに向かっていく中で、日本独自のFIおよびFタームを今後も継続するのか、または、CPCへ移行するのか、日本特許庁として対応する方針を早急かつ明確に表明することが望ましい。いずれの場合であって、日本特許庁の方針決定の理論的な根拠および背景を明らかにするため、以下の事項に関して説明責任を果たすことを願うばかりである。
1)最近の外国特許庁との交渉経緯
5極特許庁交渉過程において、USPTO・EPOが逸脱した経緯と理由と、現在の交渉の実態および今後の交渉の展開など。
2)分類システム運用の経済的比較
日本特許庁が独自にFI・Fタームの新規作成、改正を実施する予算と、CPC採用時の日本特許庁の分担金などの経済的比較。
3)FI・Fターム改正の遅延とCPC改正の迅速性の差による影響
特許庁ホームページ*によれば、FIの改正は年に1回から2回、再分類には数年かかる場合からがある(ほとんどは2年以上)と記載されているが、実際には、これよりさらに遅延している現状において、CPCの分類改正の迅速性と比較して、この差によってもたらされる影響をどのように認識しているかの説明。
*http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/f_i_kaisei.htm
4)日本市場参入障壁の認識
日本が独自にFI・Fタームを継続すると仮定した場合、海外から日本市場参入障壁とクレームされる危険がないかの認識。
5)特許動向の国際比較における影響
世界の趨勢と隔離された日本独自のFI・Fタームを維持した場合の影響。
6)日本国特許庁サイドのメリットと特許情報利用者サイドとのメリットの衡量
特許分類システムの目的は、国際特許分類の「IPCの目的」として、aからdまでの4項目に記載されているが、この目的を正しく理解すれば、特許分類システムの役割は、特許庁サイドにもたらされるだけでなく、特許情報のすべての利用者に与えられなければないないが、日本国特許庁の方針決定において、各サイドの利用者のメリットとデメリットとをどのように衡量したかの説明。
参考文献:
- 3rd EPO-USPTO CPC Annual Meeting with industry users
http://www.cooperativepatentclassification.org/publications/
CPCupdateAnnualMeeting2016industry.pdf - 日本特許庁の文書
http://www.meti.go.jp/press/2015/02/20160225002/
20160225002.html - IPCの目的
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/kokusai_t/pdf/ipc8wk/
guide_ipc2015.pdf - 日本MOT振興協会「コラム:知財革命のすすめ」
http://www.motjp.com/patent/column_3_04.html - Cooperative Patent Classification
http://www.cooperativepatentclassification.org/index.html - CPC implementation at Rospatent
http://www.rupto.ru/press/news_archive/inform2015/
present_konf/Yakimovska.pdf - 特許分類に関する国際的な動向の続きと特許庁の取り組み(「JAPIO YEAR BOOK 2013」井海田隆著)
- 特許分類に関する国際的な動向(「JAPIO YEAR BOOK 2014」太田良隆著)
- 特許分類に関する現在の状況(「JAPIO YEAR BOOK 2015」井海田隆著)
- 欧州特許分類の理論と活用 国際調和に向かって世界をリードする検索ツール(「情報と科学」武藤晃 他著)